ノーリツ女子陸上競技部に所属して15年目の小﨑さんは、実業団駅伝など年間10レース以上の大会に出場し、2010年3月の大阪国際では日本人最高位の3位に。2007年3月にご結婚され、その後もミセスランナーとして現役を続行中。現在、35歳の小﨑さんに第一線で活躍出来る秘訣をうかがいました。

― フルマラソンから、駅伝まで様々な大会に出場されていますね。

毎年コンスタントに10レース以上、年間に出ているレース数は10年くらい変わっていないんです。私は不調の時でもレースに出て、また次も出たいなと感じることが大事だと思っています。「よくそんなに出場できるね」と言われますが、レースに出る事でメンタル的な部分も維持できると思っているんですよ。
レースに出ればその時点での全力を出していますから、レース後はだるかったり、しんどいなという感覚はありますが、気持ちの面が大きいので次はこうやっていけそうと感じています。

― 体調管理は大変でしょうね。

自分の体調に関してはけっこう敏感だと思います。
走っている時も、「どうしてここが痛いのかな」と考えていたり、「ここが原因で痛い気がする」など、そういう面では細かいと思います。
私はケアして下さる方やトレーナーとの“出会い運”がとても良いので、自分はこういう気がするとは言いますが、お任せしています。

― ご結婚されていらっしゃいますが、家庭と選手生活の両立は大変では
ないですか?

結婚してからも競技を続けていくのは難しいと思っていたんです。
家庭を持つということは、家事などの寮生活ならしなくてもいい事で疲れてしまい、選手としてプラスになる事はないなと、競技が少しずつ出来なくなるのはしょうがないなと思っていました。
だから、会社の理解もあったので最初はあまり気負うこともなく、出来る範囲で続けようと始めたのですが、「出来なくなるなと思っていたのに結構出来るもんやな」と(笑)
もちろん、それはチームのみんなやスタッフ、監督に助けてもらってなんですけど。
それに、たとえば酸素カプセルであったり、お水であったり、色々なモノとの出会いがあったのも大きいかなと思います。

― 様々な出会いが競技生活の支えに。

こうして競技を続けて来られたのは、人に出会う運やモノなどに出会うタイミングの良さに助けられているからだと思っています。
若い時なら、「いや、いいわ」と言って受け入れなかったかもしれません。
そう思うと本当にタイミング運がすごく良かったし、支えになってくれる人たちが近くにいてくれて良かったなと思います。

プロフィール

京都・宇治高(現立命館宇治高)
在学時に全国高校駅伝出場。大阪短大を経て1996年にノーリツへ。2001年に世界選手権1万メートルに、2005年、2007年世界選手権マラソンに出場、大阪国際女子マラソンには2005 、2007年、2010年に出場した。現在、実業団駅伝や都道府県駅伝でも活躍している。1975年、枚方市生まれ。

小﨑さん